2008年6月のアーカイブ

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ポスト × 生き物

In エロ on 6月 28, 2008 : chiguhagu

飲んでマース、ってなぐあいで 帰り道に、 郵便ポストに子猫がいっぱい入ってて、入れる口から、にゃーにゃーが多重奏で、って、妄想しちゃった。やばー。

だけど、蟻とかがいっぱい入ってるのと根本的に違うと思ったんですよ。現象として。

なんか子猫はいってたら、アウシュビッツに送られるユダヤ人の電車のごとくな猫ちゃんにスポットが当たる出来事だけど、蟻がいっぱいいたら、おぞましいポストってことになりますよね。

ってことは、建築で言うと、猫ちゃんはどうしても住人なわけで、一方、蟻は建築になれるんですわ。

ってどうでもいっか。

spa!にのってた漫画の書評から、感動的な一コマ載せときます。多分これがこの妄想のインスピレーション元となっていたのでしょう。「獣(けだもの)ドクター」っていう、エッチな獣医ものの漫画みたいっす。

マンションの扉の郵便受けを利用したあれですけど、人間でやったらどうなるか、みたいな事が書いてありました。どうなるんでしょうか。想像してしまいました。

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造形の力

In その他, 建築 on 6月 22, 2008 : chiguhagu

マイ・ベストスポットにして、関東屈指の霊的スポットでもあるこの場所の昔の写真が出てきたんであげとこう。

やっぱり場というより空間というよりもなにより、造形としての穴(つまり建築)に力あり。

間違いなく、この写真に写っている親子は穴をくぐりぬけて異界に向かってる。うわっ、うわわ、やばー。怯えてる。

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えぶりわんのーず

In その他, エロ on 6月 19, 2008 : chiguhagu

NERDの新しいのやばー。初めて、アイチューンで買っちゃったよ。そして、ダッサーイのも発見。

同じヒップホップ、同時代、同じ三人グループ、同じ女の子系PV、同じアップローダー(←こいつの趣味がおかしい)。ここまで違うか・.・・。まじ、いい感じです。えろすぎ。こんなPV作ってたら子供たち(この場合、アメリカの白人?)に売れねーよ。でも、いいの。日本人も嫌いだよね。 なんか呪文っぽい。昔はまってたICE-Tを思い出しました。

と、

あと、これ↓にも嵌ってます。ちゃらいです。 17000円!のノイズキャンセリングヘッドホン付けてまわりを気にせず踊りながら生活してます。(そのうち、ぜったい事故る。)

PV最悪! 売れると思ってなかったのかしら。低予算?昔のハウスとかのPVを彷彿させますね。

陰がニョローン、な踊りは良いと思う。よくみると、違う動きしてる。やっぱいいね。蟹江。

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孔雀に思う。

In エロ, 美術 on 6月 14, 2008 : chiguhagu

ぁぁあー くじゃく好きだー。上野動物園で一番心引かれたのは何を隠そう孔雀さんだが、子供の頃初めて見たエロアニメ「孔雀王」(徐に主人公の目の前で姫が犯されるシーン)と関係があるかと言えば、無い。
そんな孔雀がミュンヘンの動物園では、他の動物たちの引き立て役として一緒の島に居させられていたのには、ずいぶん腹が立った。

ところで、

1 求愛のための模様なのだから、孔雀自身はこういうのを美しく思ってる。

2 人も孔雀の模様を美しく思っている。

3 普遍的な美?

まぁ自分で言っといてなんですけど、普遍的な美なんて無いですよね。ここで言ってるのは、ある、歴史をすっとばして人類が共通で感じるような美という程度のものです。
多分、孔雀と人が見えてる世界は絶対違うから、普遍の美とは違いますかね。とすると、人と人においても美意識は確実には一致しないとも言えるし(逆に意外と一致しているとも言えるが・・)こういう事はあまり探求しても報われないかもしれませんね。結局造形作家にとって目指すべき場所はより多くの賛同を得るor専門的な人の共通の審美眼に叶う事で・・・。どうでもいいつまんない話だなー。自己完結な疑問でした。

ちょうど良いから(何故か?)、僕が今編み出した美の類型を書いとくと(全く懲りてない。)

α 正の情報を伴うもの

(女性は優秀な精子が欲しいので、賢い人はかっこ良く見えるようになっている、合理的な形(この言葉をポジティブに使用した時)は美しい、みたいな事とか)

が世の「美しい」や「かっこいい」の大半を担ってる気がしますね。神秘主義たちの図像崇拝ですらこれが多いと思う。

β 負の情報を全く伴わないもの

(何やら分からないけど力強い形、理屈は分からんけどそこに存在する凄み、見た事の無い物など)

このような審美眼は古典な気がするけど、感度のいい人(霊感といってもよいかも)は未だにこれに引かれるわけです。そしてこれからの時代に求められるポテンシャルは感じるのだけど、どうして良いのか分からないのです。シュルレアリスムの審美眼もこれに属すと思います。

そして

γ ? 謎なんですね。

「かわいい」ってのは根本的にαでもβでもないのかも。そういうものからずれてる感覚で、現象としては面白い。ある種のフェティッシュなんで、そういう感覚がないと全然楽しめない閉鎖的な価値観だからいろいろ議論を呼んでますね。ちなみに、これは「美」とは無関係という意見は受け付けません。形になるもの、そこに美意識無き物は無し。

あとがき

ちなみにバタイユは、α的な美を侵犯する行為にエロスを見いだしてます。つまり、人間性(当時のヨーロッパの人の感覚、美意識での)、それを思わす端正な顔(なるたけ動物、特に類人猿と離れた方が美しく見えるらしい)を動物的行為、つまりセックスによって侵犯すると言っている(ちなみにレオナルドダビンチが言うように性器はなんと言おうと美的に醜いものらしい、なるほど)。そこにエロティシズムをみいだすわけですが、そのような興味がβ的美意識集団であるシュールレアリスト達との対立をもたらすのは非常に僕的には納得ができるわけです。ちなみにバタイユはアンドレ・ブルトンのライバルとされていました。

おわり

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写真ブログ路線復活記念祭

In 建築, 美術, 都市 on 6月 9, 2008 : chiguhagu

本来写真ブログのつもりで始めたブログがいつの間にやら文章でギシギシになってしまったので、ここ1ヶ月で西日本、中国で発見した風景をアップします。さくっとコメント入れていきます。多分ネタが切れるので一回で祭りどころか写真ブログ路線は終わります。

(※結構、秀逸な現代建築も見たんだが、あまりこの場に引っかからなかったのは以下紹介するものが凄すぎるだけで、それらが琴線を弾かなかった訳では無い。)

投入堂 ☆☆☆☆☆

多分行ってみた人でないと共有できないと思うんで、パス。

出雲大社 ☆☆☆☆☆

出雲大社は現在の日本人のスケール感とはまったく違うと思いました。いわゆる日本の神様の家としては大きすぎる。めちゃくちゃ戸惑いました。しかしこの建築がメタボリストのメガストラクチャーに対する倫理観(日本的な物を作るという)を大いに励ました事は事実なんじゃないでしょうか。

旧日本軍毒ガス貯蔵庫+発電所跡 ☆☆☆☆☆

上の毒ガス貯蔵庫は完全に邪悪な神殿風。千羽鶴や地蔵が転がる始末。下の発電所は打って変わって、驚くほど清々しく内外の境界が薄く強度の強いサナーのような空間でした。青木純の言う「原っぱ」とはこういう事だと思います。

小倉城 +ショッピングセンター ☆☆☆☆☆

ジョン・ジャーディーによるscがインポーズされた小倉城。地方都市の観光資源は大抵「城」だ、って教授がおっしゃっていたが、その城がもう一つの強力な観光資源ー大型ショッピングセンターと合体!休日は結構、賑わってらっしゃいます。

深圳のメガ軸線 ☆☆☆☆☆

小倉のジョン・ジャーディーと同じティストの完全に狂っちゃってるビルは、中国人の建築家が作った市民中心(市役所等)で、この屋根のうねったところは巨大な都市軸(黒川紀章デザイン)と対応しています。写真は全長の1/2にも満たないです。正面に丹下のピースセンター風のコンベンションセンター、側面にCBDの摩天楼(OMAも設計中)逆サイドはシンメトリーに近い山があり頂上に巨大な鄧小平の像(目視可能)。現代においても軸線は有効。人間的空間ゼロ。すばらしい!(こんな誇大妄想が機能する(受け手も妄想する)シュルレアリスティックな情況万歳(まんせー))。

ちなみに鄧小平は深圳の経済特区としての発展の最大貢献者として神扱い(ほぼ関羽並み)です。


天一閣(寧波)☆☆☆☆☆

舞台のドームの内側にらせん→頂部に鏡→異界という見事なミクロコスモス表現。日本の能舞台との違いを考えると、やはり決定的に中国と日本は感性が違うなぁと改めてなっとく。すなわち、するりと横から現れる水平的な移動を演出する神(憑イ型シャーマニズム)に対して、これは明らかに上昇的なベクトルのトランスをするシャーマン(脱魂的シャーマニズム)の舞台。

採掘場 ☆☆☆☆☆

アスプルンドの葬祭場のランドスケープを思わせる、地形に対するマンパワー芸術。こっちの方がトポロジーな感じが好み。つまり世界遺産級だが、観光地ではないのでほとんど知る人のいない超穴場です。まじ感動して震えた。最近の現代建築の空間がメタファーにしている状景に非常に近いのではと思われるこれらの異形な柱と梁、それらが一体となった天井、そして、よく考えると地面までも同じ素材で繋がっているのです。こういう現代建築良く見ませんか?台北あたりとか。

ちなみにこの採掘場は数千年前?からあり、ここの石は柔らかめなので、中国全土に運ばれ、多くの仏像が切り出されたようです。

あとがき

ものすごい消費的な取り上げ方をしてしまったが、実は個人的にはどれもこれも僕の感動の涙でびしょびしょです。でもそれを一生懸命人に伝えるモチベーションは無かったです。ごめんなさい。

PS 3月に研究室旅行で行った飛騨高山の吉島家住宅も載せたかったけど良い写真がなかったです。

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主体の重み

In その他 on 6月 6, 2008 : chiguhagu

(中国で書き溜めた文章を徐々にアップしていきます。)

先日、例のバイトの女の子達の寮に行ってショックを受けました。

多分、倫理的に受けてはいけないショックというか、そもそも僕みたいな人が覗く事は良くない事なのかもしれないと思って、そのあと1日ぐらい凄い悩んじゃった。

凄いのさ、僕の部屋ぐらいのところに4人ぐらい入ってる2DKの8人暮らしのスラムだった。
結構、旅行とかしてて、貧しいエリアの家ってみてるんだけど、一人一人の名前とか人間性とか知っててとても親しくなった子達のプライベートだから受ける感じ方が全然ちがった。
知人が僕らの一般的な家の4倍の密度に集まって住んでいる事の強烈さ!
自分にとって無個性な人たち8人の家と自分にとって個が8人の家のギャップは果てしない。
家がそういう人という主体の重みの尺度になれる事を認識するというのは勉強にはなった。   

でも、彼女達はいつも笑顔!幸せいっぱいな顔だし、そういう事を悲観的に捉える方がお門違いで、彼女達に無駄に先進国と比べて自分らの不幸(と日本人なら思う感覚それ自体)を気付かせる事は明らかに倫理的に違うと思ったのさ。
そう言えば、”nobody knows”という映画での子供達の部屋はすかすかに広かった。

で、とりあえず、次の日みんなにアイス買ってきてあげたらめっちゃ喜んでた。それは彼女達にできる大した事の無い事だけど、彼女達のためではなく自分のために。

ps この風船ボール、超楽しそうだったんだけど、ふと、ほっといたら窒息して死ぬんだろうなーとかいって色々わるーくてえぐーい妄想をして楽しみました。こういう二面性を感じる瞬間が中国は非常に多かった。