2008年5月のアーカイブ

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中国 ー 格差の風景

In 建築, 都市 on 5月 27, 2008 : chiguhagu

中国の都市に住んでて思うんだけど、ここ(寧波)はマンハッタンが中心にあって、そのまわりに公共性を伴った(結構成功している)モダニズム団地が取り囲 み、開発にとり残されたドメスティックスラムが隙間を埋めるっていう、すんごい状況です。そもそもこういう状況の背景には圧倒的な格差社会が横たわってい ます。中国についてのこういう状況の流れは、毛沢東の時代から鄧小平の時代に指導者がかわって、「先富論(富める者から稼いでいって、再分配)」で共産党 なのに、格差を容認する社会構造を認めてしまった事で、がっつり右寄りの思考をする理屈を手に入れた中国がグローバル経済時代に身を任せた結果さらなる格 差が生まれて、それが都市に表象されたという事だと思います。

そこで僕が思ったのは、グローバル資本主義は、マンハッタンの乱立の側面が多く語られるが、それは観光的視点で、むしろドメスティックに眺めると、高層ビル群ほど格差表象に相性の良い都市形態はないということです。

つまり、中流階級をどうデザインするかという理念、冷戦時に社会建設に表象される事が求められた民主主義理念がモダニズムと非常に強力な関係性を持ったのに 対して、今世界を動かしてる理念の一つはグローバル資本主義で(もう一つ、エコロジーが台頭してきたように思える。)、これはまさに都市間格差(競争)の 表象を求める側面、ローカリティーにおいても格差社会の前提(もしくはこれからそれを誘発するものとして)で成り立つ経済モデルといえると思ったわけで す。一方で(グローバル)、企業もしくはそれを誘致するように争う都市間での競争が、建築をより高く、大きくしていくという結果生まれるマンハッタニズム の蔓延した状況がある反面、都市を内側から見ると、都市間の格差ではなくて、都市内部の住民の生活レベルの格差表象の都市モデルという側面も出てくるって ことです。

純粋なモダニズム理念には競争原理がないんですわ。空間にもそういう動的な動き(建築の運動)があまり表象されない。
ちょっ と話をずらすと、僕の修論は人の魂の動きの方向性が建築、都市形態にもたらす影響(みたいなやつ)だったのですが、基本的に建築の形態は運動が重要なんで す。特に公的な建築や宗教建築。例えば、単純に人の動きをコントロールしたり、環境を制御したり、建物どうしの競争的な動きだったり、異界(たとえば天 国)に向かう動きだったり。柄谷行人が、バーチャル建築が社会に受け入れられないのは、政治的正当性のなさだといったが、具体的に僕が思うのは現在のバー チャル建築は基本的に最初にアルゴリズムありきなのだから、建築史的にも例がない程はっきりとしたベクトルが内包されている建築群が多い。しかし、そのベ クトルの主体がメタフィジカルすぎる。ベクトル/運動は一般人がわりかし建築に対して無意識的に興味を持つ箇所だと思うのですが、だからこそそこで徹底的 に不信感を感じられてしまうのでしょう。その根拠に期待してしまうから。現在のアルゴリズムの根拠はあまり一般人にとっては政治性を感じないんだと思いま す。僕は非常に興味がありますが。あと、岩元がパッサージュの現代的昇華を狙うコールハースの研究しているのはかなり共感できる。回遊性のある空間や広場 的空間に対して、パッサージュはより強く、ベクトルが示すものが資本主義社会に生きる人達に政治性をもっている。

基本的には「運動」の表象は社会の価値観が反映される要素としては非常に建築の中でプライオリティーが高いわけです。モダニズムが静的なのも、ある社会思想が反映した結果の建築の運動表象と見れるでしょう。

このブログ(というか僕自身)では常に内藤・ツントー派とレム派の対立を気にしてきましたが、この点においても、前者は「運動」が反映される建築の箇所を現代社会にあわせて再構築するのにどうも興味が無いと思われる点で個人的には批判的に見てしまうのだと思います。

あと格差に対する個人的な意見。

中国に来る前にパリに住んでいたのだが、非常に狂った浮浪者を多くみた。そういう状況を救済しているのか助長させているか分からないが、多くの左翼的思想が社会に浸透しているのをみて、富の再分配(社会福祉)や格差をなくす社会を訴える事の(僕の中の)リアリティーを見いだした経験がある。しかし、中国(寧 波)の異常な格差社会のかなり底辺にいる女の子たちを見たり、ドヤ街の昼からだらっとテレビ見ながらスイカを売ってる人たちの幸せそうな顔を見ていると、 また、いろんな地方から出稼ぎに都会にきている人たちが皆「I LOVE CHINA」と書かれたTシャツを着て中国の旗を振っている姿をみると、どうやら格差が無い社会という非現実的な目標に翻弄される日本人や欧米人より上手 くやっている節がある。よっぽど格差があるのに妙に幸せな国です。(少数民族の人権問題を差し引いても、多分確率論的に。)

うーん、なや む〜。格差自体は存在してよくて、その在り方なんだと思う。中国の昔の企業は全部国営企業であり得ない数の従業員を雇っていたとか。それらの企業は従業員 に飯と住むところは保証したとか。共産社会の名残りらしく今でもそういう制度はかなり残ってるらしく、その制度が実感としての幸福な社会運営に一躍買っているような気がしました。(そのかわり、恐ろしく社会の上部構造が人民の生権力を強く持っていて、西洋的人間の尊厳を獲得できるレベルに到達できる者は多くないと思われる)一長一短なのだが、しかし、格差を表象する建築文化を正当化するだけの状態にはあると思います。僕はこの問題に答えが出ないが(つまり、可能性を削がれた知らない幸せと、可能性を有した生きている不幸)右左を客観的に眺めるための新しいリアリルな経験は獲得できました。

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「ERASED UTOPIA 1968-1973」

In 建築, 美術 on 5月 3, 2008 : chiguhagu

レム・コールハースによる磯崎新へのインタビューに行ってきました。
テーマはメタボリズム。このテーマは2年前に芸大で行われた講演も聞きにいったので2度目。

前回の講演で個人的なレムの興味の解釈は、
日本の60年代のメタボリズム運動(磯崎的にいうと、最後の近代建築運動)を研究する事で、現在急激に開発されているドバイのプロジェクトとの関連性を見いだそうとしているってことで、具体的には、有名な人工島がヤシの木の形をしていたり、磯崎のメタボリ時代の作品をアラブの富豪が建てようとしたりと。そこで僕は、ある社会的状況(ここでは急激な経済の発展、インフラ整備)がメタボリックな代謝的形態を求める、という事を言おうとしていたのでは、という事で理解をしていました。

今回の講演はどうやらその読みはちょっとずれてた事がわかって、レムがメタボリズム運動で注目している点は、メタボリズムが芸術家的な建築家によって進められたデザイン様式ではなく、国のサポートが強力に働いた運動であり、その運動が建築史において初めて非ヨーロッパにおいて芸術運動成り得たこと、その事を学ぶ事は、現在のアラブの建築の状況と照らし合わせると非常に価値があるという事でした。そういう意味で、メタボリズ運動を一段落させた後アラブで仕事をし始めた「丹下」は凄いのですが、今回のインタビューではそこまで面白い話には発展せず……。

建築表現ではなくて建築成立状況が関心の中心にあるので、作品の分析ではなくインタビューという形式を選んでいるらしいです。

建築の形式や空間でなくて建築が建つ状況に興味を持つ姿勢はまさにジャーナリストで、相変わらず新鮮でした。しかし同時に、僕らのような立場の人間(下請け的建築家)にとって、有効な建築理論を現在の彼の活動からはあまり得られないのではとも最近思います。深い現代思想を汲み取る事の意味を見いだす事は非常に重要だと直感的には思うけど、僕らがそれを実践する事、もしくは、それに影響を受けて人に伝えるレベルで建築に昇華する事でさえ、非常に難しい事だという実感も同時にあるからです。相変わらずなかなか不安にさせる人です。
まぁ、「建築は政治から脱却しなければならない」(ここでは、『次の表現に行くために政治を脱却すべし』と解釈しました。なぜなら、序盤に「建築家は設計する際、ユートピアの要素を少しも持たない奴は死ね〜」みたいな事を言ってたから。)という言葉は本当に現代において建築文化の頂点を担う人物として彼を信頼できる言葉で救いでしたけど。

インタビューの内容はどっかのブログとかで拾ってください。あんまりないかもしれないけど。

個人的に興味があったのは、

1 万博が閉幕して6ヶ月で壊された事を磯崎は「ユートピアの廃墟」とみて、その後ユートピアを消し去る芸術運動を68−70(73?)までした。そこで生まれたのはある種のタブラ・ラサでそこから新しく建築を考える際、ピュアな言語であるプラトン立体(群馬県立近代美術館で実践)から始めるという思考の流れを組み立てた。その後は建築家は目標を消してどう走るかを思考しだす事となる。

この話の流れで、飛び入りの浅田彰が「タブラ・ラサとプラトン立体は等価だ」と言っていたのが興味深い。

個人的には、タブラ・ラサ、ユートピアと建築の思考が繰り返されたあと、ユートピアの存在の信頼が失墜して、現代において「ずーとタブラ・ラサ状態」(裏返すとタブラ・ラサが無いとも言える。磯崎の言葉だと、「目標なく走る時代」でもいいとおもう。)において、建築理論無視の発見的スタイルのスターキテクト時代が到来した、と読めるのでは、と思った。レム自体がスターキテクトの頂点の一人に立ちながらその居心地の悪さを訴えるのは、「ずーとタブラ・ラサ状態」に対するユートピアを見いだせている自信があるからではないだろうか。

2 磯崎が言うには、「進歩と調和」というコンセプトに対して、岡本太郎は「退行と逸脱」という裏コンセプトを考えたらしい。具体的には、お祭り広場の水平性(モダニズム建築の要素)に対して岡本太郎は垂直的な太陽の塔で答えたのだが、丹下が建築家はコンダクターが役割という思想を持っていたのに対して、アーティストである岡本がこういう緊張的な対立構図をアーティストが求めた事が非常に面白い。

こういう調和VS異物対立の二項対立は、現在の建築家の中でも未だに建築に対する審美眼の最も大きな対立であって、僕の中でも最上位な興味の一つです。内藤・ずんとー派とレム派、デザインと芸術、物作りとアカデミズム、手と頭など色々関連があるでしょう。
対立的な要素を建築に入れまくる建築家のレムが「退屈」という言葉を建築や都市に対する一つの評価基準にしているのも示唆的ですな。LESS IS MORE  / LESS IS BORE  一応、建築史的にはミースとベーンチューリの対立とも考えられなくない?うーん。便利な物が聖なる物に昇華した日本文化表象の事例ってあんまないから、まぁうーん。MORE IS MOREが流行らんのもなんか分からなくもないけど、一般人の普通の感覚的にはLESS IS BOREではあるでしょ、とかは思うけどなー。

あと、普通に磯崎新の建築も素晴らしかった。当時の作品にはシンメトリーが多く使われているように思えたが、最近はシンメトリーはなんか嫌われてるなー。僕大好きだけど。権威的だと思われるのは、きっと空間のせいではなくて、それを作った建築家という存在を強く連想させる形態がシンメトリーで、その連想と社会的建築家のイメージが悪い意味で合体するからでしょう。世の中の建築家の立場が変われば見え方もまた変わるんでしょうか?