1 ヘンリー卿「ものごとを外見によって判断できぬような人間こそ浅薄なのだ。」
2−1 「偏執症患者はつねに自分の額に釘を打ち込む、たとえハンマーがどこに打ちおろされようとも。」
2−2 「偏執症的思考プロセスによる入念な模倣(シミュレーション)によって生み出されるぐんにゃりとした、証明不能の推論はデカルト的合理性という「杖」によって支えられる(つまり批判化される)。」

1 ヘンリー卿「ものごとを外見によって判断できぬような人間こそ浅薄なのだ。」
2−1 「偏執症患者はつねに自分の額に釘を打ち込む、たとえハンマーがどこに打ちおろされようとも。」
2−2 「偏執症的思考プロセスによる入念な模倣(シミュレーション)によって生み出されるぐんにゃりとした、証明不能の推論はデカルト的合理性という「杖」によって支えられる(つまり批判化される)。」

前回の続き
実際の講演をきいて気になった箇所をピックアップしました。
基本的に、右脳は今を司っているのに対して、左脳は過去、未来を司っていて、両者は別々に考えているそうです。ちなみにこの人は基本的に人間の主体は心臓(ハート)じゃなくて、脳みそ(ブレイン)だと思ってますね。
『 I am an energy being connected to the energy all around me through the consciousness of my right hemisphere. We are energy beings connected to one another through the consciousness of our right hemispheres as one human family. And right here, right now, all we are brothers and sisters on this planet, here to make the world a better place. And in this moment we are perfect. We are whole. And we are beautiful.』
『But perhaps most important, it’s that little voice that says to me, “I am. I am.” And as soon as my left hemisphere says to me “I am,” I become separate. I become a single solid individual separate from the energy flow around me and separate from you.』
右脳はかんぺっき!!!に自由なんですって。つまり、過去や未来に毒されずに物を感じられる。多分、彼女はその無垢な思考/存在に「宇宙の意思」「エナジー・フロー」とかとの接続を主張してて、左脳はそれを絶対的に個人に切り分ける(つまり思考も個人の思考レベルに落とす)機能をするのだとちょっと興味無さげに語るんです。
これは何気に気付かなかった、っていうか知らなかった。知ってそうだけど。全体的にこのプレゼンテーションの面白いところは右脳だけっていう環境にフォーカスしているところ。右脳っていうのは常に左脳との相互関係の中にしか見いだせないとなんとなく考えてしまう癖があった。きっとほとんどの人がそうでしょう。右脳だけが独立すると生まれるやばい世界についてまったく考えられていなかった。
Jill Bolte Taylorは、主に右脳に興味があって、左脳が脳卒中で機能障害を起こした時、完全にニルバーナを見た!と何度も叫んでるんです。それも空間体験的な言い方で。まじやばー。
例えば
『and I realize that everything inside of my body has slowed way down. And every step is very rigid and very deliberate. There’s no fluidity to my pace, and there’s this constriction in my area of perceptions so I’m just focused on internal systems. 』
左脳機能停止で空間認知が固くなる。空間認知と思考は別に働かせられる。
『And I look down at my arm and I realize that I can no longer define the boundaries of my body. I can’t define where I begin and where I end. Because the atoms and the molecules of my arm blended with the atoms and molecules of the wall. And all I could detect was this energy. Energy. And I’m asking myself, “What is wrong with me, what is going on?” And in that moment, my brain chatter, my left hemisphere brain chatter went totally silent. Just like someone took a remote control and pushed the mute button and — total silence.
And at first I was shocked to find myself inside of a silent mind. But then I was immediately captivated by the magnificence of energy around me. And because I could no longer identify the boundaries of my body, I felt enormous and expansive. I felt at one with all the energy that was, and it was beautiful there.』
『 But it was beautiful there. Imagine what it would be like to be totally disconnected from your brain chatter that connects you to the external world. So here I am in this space and any stress related to my, to my job, it was gone. And I felt lighter in my body. And imagine all of the relationships in the external world and the many stressors related to any of those, they were gone. I felt a sense of peacefulness. And imagine what it would feel like to lose 37 years of emotional baggage! I felt euphoria. Euphoria was beautiful
『 I picture a world filled with beautiful, peaceful, compassionate, loving people who knew that they could come to this space at any time. And that they could purposely choose to step to the right of their left hemispheres and find this peace.』
この種の魅力は純粋な暗闇を眺める魅力(見た事ありますか?)と似てるんではないでしょうか。あの自己の精神が投影される美しい光景!!!僕は脳卒中体験してないから分からんけど、おそらくパ ターン認識一切なしのマッシブな物質の世界が、「the magnificence of energy around me」なんでしょう。彼女はそこにニルバーナを見いだしたということです。
どう解釈してもいいし、なんも解釈しなくてもいいものを「美しく」「平和なもの」と感じられたのは恐らく、彼女の素晴らしい想像力と審美眼なくして不可能であると思うんです。つまり、僕、最近めちゃくちゃ確信がある事で、「想像力」がいわゆる美を作るんだとおもうんですよね。美しいとされるものには想像力を喚起する力と想像力を共有させる力があるのではないか、と。たとえば遺跡とかわかりやすくそうなんでは。まぁ多くの人にとってそんな事分かりたくないだろうし、どうでもいいだろうから、どうでもいいのだろうけど。
そんで最後の締めが面白い。
『So who are we? We are the life force power of the universe, with manual dexterity and two cognitive minds. And we have the power to choose, moment by moment, who and how we want to be in the world. Right here right now, I can step into the consciousness of my right hemisphere where we are — I am — the life force power of the universe, and the life force power of the 50 trillion beautiful molecular geniuses that make up my form. At one with all that is. Or I can choose to step into the consciousness of my left hemisphere. where I become a single individual, a solid, separate from the flow, separate from you. I am Dr. Jill Bolte Taylor, intellectual, neuroanatomist. These are the “we” inside of me.
Which would you choose? Which do you choose? And when? I believe that the more time we spend choosing to run the deep inner peace circuitry of our right hemispheres, the more peace we will project into the world and the more peaceful our planet will be. And I thought that was an idea worth spreading.』
宇宙と繋がるか一人の人間として生きるか、みたいな無茶な選択を迫られてるような気がします。ていうか、繋がれ〜みたいな。「the life force power of the universe」!!! うーん。言霊を感じる。
全体的に脳みそ教の教祖の一つのイデオロギーにすぎないのだけど、めっぽう強烈なパンチがあるんですわ。なかなかこういうニルバーナ体験を客観的に語れる人はいないですよ。ありがたい文章です。是非プレゼンテーションの方をお聞きください。
リンク→http://blog.ted.com/2008/03/jill_bolte_tayl.php#morehttp://

なんかあやしい確信(以下)をした。
分かってきたってかっていうと、よく分かんないんですが、こういう認識で行くとますます、自分の現代建築に対する制作動機が切ない物になってきたのは事実。
「
コルビジェっていう人はモダニズムの美学(美学的オリジネーターはミース)を援用して、イデオロギーとしての『建築』を確立し(大文字化し)、巨匠制の時代を作り上げた。
↓
コールハースっていう人はマンハッタニズムに学んだ美学(『実効性を持つ理論/持続する熱狂/真実と化した嘘/覚醒なき夢』、これらが作り出す『倫理的な喜び、道徳的な熱狂、あるいは知的な自慰行為の豊かなスペクタクル』p488-489)を(皮肉りながら)援用して、『建築』を低俗なジャンク化する行為を通して大文字の建築の権威を下げ(下げ過ぎはしない。つまり、文化以下のレベルになってほしいともおもっていない。)、スターキテクト制の時代を作り上げた(既に)。
」
これ以上のざっくり大枠のくくり方は無いんでは? つまりMASTERからSTAR。
スターキテクトは発想がゴーストライターと非常に近い。発見的な要素がもっとも重要視される。その発見とは今や、外部→形式主義(フォルマリスト)が大いに取り上げられるロボトミー化した建築群の世界(まさに、『囚われの球を持つ都市』)となってきてる。まさにスター制はコールハースを東の横綱、ヘルツォークを西の横綱にする事で成立したように思える。当の本人はスター制には非常に嫌いがあるようだが、客観的にこのシステムを生む起爆剤になったのはコールハースとしか思えない。
また、ヘルツォーク&ドムーロンっていう人はこの4つの美学についてその領域横断能力の高さが圧倒的に高いか、もしくは、コールハースが作った(もしくは暴いた)状況だからこそ(前時代では不可能)建てる事ができる美学(これはきっと、『真実と化した嘘』)を使ってもっとも象徴的に現代的フォルムを生んでいるという意味で、コルビジェにたいするミース的な役目(若干違うけど)を果たしていると、そういう位置づけでどうでしょう。
また、だからこそ、ORDOS100(http://chiguhagu.wordpress.com/2008/03/10/ordos-100/)におけるヘルツォークの建築家の捉え方が気になるし、これは絶対〜現代建築史的に重要な事件!実はスターキテクトを超えるモデルを意識的に挑戦している可能性があるのでは。まぁコールハースの打ち出した建築家の職能の世界はそうそう超えられませんが。
ちなみに、現在世界的プロジェクトに関われている建築家はほとんどがこの4つに属している。例は理解が怪しいんで、まちがった理解をしていたらご指摘ください。
実効性を持つ理論 / 構造的合理性を説いたり、環境的提案をする建築家、
持続する熱狂 / 現代のモダニスト達
真実と化した嘘 / 分かりやすいのでバーチャル・アーキテクトたち OMAもこれだと思う。
覚醒なき夢 / 多分、資本主義に動かされる建築家たち 中国やドバイのアーバンプランナーやディベロッパーたち?森ビルとかがいうコルビジェの輝く都市を東京に、みたいな『夢』とか。つまり、「プロフェッショナルとはお金を稼ぐ事」「プロフェッショナルは世の中を具体的に良くする(働く事で絶え間なく良い方向に前進するという考え)」というテーゼは普遍性をもっていると考える(これも他の建築家同様、偏執狂的なイデオロギーといえる。)。
この倒錯的(モダンから見れば)状況が可能なのはまさに、ダリのPCM(偏執狂的批判法)がグローバル社会の中で顕在化された(開き直ったといってもいい。)からでは___建築におけるシュールレアリスムの台頭編/続く。
要するにこの中にたっている建築が実際に現代の建築界のモデルになりえてるっていう事です。

に示唆的な文章です。http://wiredvision.jp/
『神経の専門家であるTaylor氏は、自身の体が徐々に機能を停止する様子をつぶさに観察していた。同氏は、まるで好奇心の旺盛な探検家が観察記録をつけるように、体が段階的に衰えていくのを4時間にわたって見つめた。最初に失ったのは、自分自身と周りにあるものが別物であることを認識する能力だった。
いったん、話を最初に戻そう。Taylor氏は自身の脳と体に起こったことを語る前に、脊髄(せきずい)が付いた本物の脳を取り出した。そして、右脳と左脳の機能の違いを説明した。
同氏によると、右脳は現在をつかさどっているという。右脳は感覚器官から送られてくる情報を処理し、何が見えるか、聞こえるか、どんなにおいがするか、どんな手触りかといった、その瞬間の状況を教えてくれる。
一方、左脳は「現在のコラージュ」を作り、詳細を拾い出して分類する。そして、自分が過去に学んできたあらゆるものと結び付け、その結果を未来に投影して可能性を判断する。Taylor氏によると、頭の中で喋り、「私は私だ」と主張する声は左脳に存在するという。自分と周りにある景色とが別物であることを教えてくれるのも左脳で、Taylor氏は脳卒中が起きている間、こうした左脳の機能を一時的に失った。
1996年12月10日の朝、Taylor氏は目覚めると、左目の奥にずきずきと激しい痛みを覚えた。痛みは同氏を苦しめながら、波のように押し寄せたり引いていったりした。それでも、自分に何が起きているのかわからず、Taylor氏はいつもの朝の日課にとりかかった。
エクササイズマシンに乗って、自分の両手を見下ろすと、原始的なかぎづめのように見えたという。同氏は自分の体を自分のものと認識できなかった。
「自分の意識が、自分を自分の人格だと認識するのをやめ、謎の人物がこの体験をしているという意識へと変わってしまったかのようだった」とTaylor氏は振り返る。
Taylor氏は、自分の体がどこで終わり、どこから周りにあるものが始まっているか、境界までがわからなくなった。自分の腕の分子が壁の分子と混ざっている。自分が大きく広がって、周りにあるすべてのエネルギーとつながっているような感覚で、穏やかな気持ちになった。
「37年分の心の重荷が消えたらどう感じるか、想像してほしい」とTaylor氏は言った。
そして、仕事に行かなければならないと思いついたのだが、そのとき、Taylor氏の右腕がまひしてきた。ここでようやく、脳卒中が起きていることに気づいた。
Taylor氏が言うには、同氏の脳は動揺することもなく、「わあ、すごい」と言ったという。やはり科学者の考え方は普通の人とは違う。
Taylor氏は職場に電話することにしたが、電話番号がわからなくなっていた。そこで、名刺の束を引っ張り出し、職場の番号が載っているものを探した。3分の1を見終えるのに45分かかった。そのころには、脳内の出血が拡大し、電話の使い方もわからなくなった。
Taylor氏は意識がはっきりする瞬間を待った。周期的にはっきりするときがくるのだ。しかし、1枚の名刺に書かれた電話番号をダイヤルしようとしても、数字はくねくねした線にしか見えなかった。
それで、名刺にある線の形と、電話機に書いてある線の形が一致するものを1つずつ見つけて、ついに同僚と話すことができた。電話に出た同僚の言葉は「ワー、ワー、ワー」としか聞こえなかった。マンガ『ピーナッツ』に登場する大人たちが発するような声だ。返事をしようとして口を開けたのだが、出てくるのは同じ音だけだった。
この後、救急車に乗せられたTaylor氏は、体内のエネルギーが自分から離れていき、精神が白旗を揚げるのを感じた。
「あの瞬間、もう私は自分の人生の振付師ではないと悟った」とTaylor氏は振り返る。同氏はその日の午後に目を覚まし、自分がまだ生きていることに驚いた。2週間半後に手術が行なわれ、同氏の頭からゴルフボール大の血栓が取り除かれた。
それから完治までに8年がかかった。』
これはすごいです。結局デザインに限らず、あらゆる表象は右脳と左脳の使い方に依存するわけですね。人によっては右脳よりの知覚をする人もいるし(僕はそうです。)左脳よりの人もいるみたいです。見えてる物が全然違う事が彼女の文章や動画からも容易に予想できます。面白いなー、人間。
『エクササイズマシンに乗って、自分の両手を見下ろすと、原始的なかぎづめのように見えたという。』
これに萌えたんですわ、完全に!!!
左脳情報を外してやるともっとも慣れ親しんでる手が、力強い表象に見えたみたいです。(ここでは恐らく、すでに手にもかぎ爪にも象徴作用が起こらないにもかかわらず!)逆説的に、記号的なコンテクストが無かったから『かぎづめ』のような捉えどころの無いものに変化したといえるかもしれません。
建築の空間っていうのは他のオブジェクトに比べて圧倒的に抽象度が高くて、記号を排しやすい造形文化だと思います。例えば安藤忠雄の空間なんかはその代表的な物と言えて、彼の作品はとにかく左脳を使わせにくくするのでしょう。そういうものを一見、身体性と呼ぶ人もいるかもしれないけど、左脳も一応身体なので語法として間違ってると思います。
また、このような右脳と左脳の機能分割は建築、芸術におけるモダニズムとシュールレアリズムの弁証的な表現の流れという歴史観とも対応可能だと思います。抽象と具象、社会主義思想と資本主義思想、言語と感性。
その文脈で右脳的な記号はあるのか?という疑問もわいてきました。よく、画家が隠して持っているモチーフなどはそうかもしれない。例えばピカソのミノタウルスとか。または、左脳的な抽象性。記号が集合の仕方によって抽象化したような風景のイメージとかも。原広司、コールハース。 矛盾してる? そうでは無いんじゃないかと僕は考えてるけどこれ以上は秘密ね。あんま言語化されてないし、答えが無い方が今んとこ面白そうだ。建築や美術で表現すれば良い。とにかく脳という知覚器官は所属文化と呼応して無限の可能性を表象に与えてくれるでしょう。将来、この二つの人類文化の右脳と左脳の倒錯的状況は統合されるのではないでしょうか、と思ってるんです。
PS おまけフリーメーソンのへそピラミッド

今さら気付いたけど、2年前ぐらいの新島で撮ったこの写真の彫刻たちのプロポーション
と背後の完璧な暗黒物質。これは理想的なんじゃないか、と。写真としてじゃなくて、物の関係として。
ようするにキッチュなもの(どーもくん)が神で巨大な悪を後ろに生成していて、原始的な神(モヤイ像)がそれをサポートする構図。
これは現代的な宗教画と言わずしてなんなんだー? もうっ!
『Happy Nightmare or Nightmare of Happiness』
世の中のキッチュなものたちは我々をハッピーにしてくれるが、突如牙をむいて、自分の身に降り注ぐ邪悪なものへと変化する。
そんな瞬間に美は降臨するのではないでしょうか?
ごめん。うさんくさい文章で。