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フェリックス・ゴンザレス=トレス Felix Gonzalez-Torres

In 美術 on 2月 27, 2007 : chiguhagu

1996年にAIDSで死亡した作家。95年にMOMAで個展。個人的な事を表象する非常に好きなアーティスト。

写真はベルリンで見た無題(偽の薬)。普通のキャンディーを並べて置く作品で、観客が勝手に取っていく事で消えていってしまうもの。ウォルフガング・ティルマンズの恣意的で個人的な様に見えるよう注意深く構成されたポエムよりもっと政治的な要素がストレート。世の中が抱えている理不尽さをモダニズムのような思想の断片をそれを代替させる物によって表明する一種のコンセプチャルアートであるが、社会啓蒙の目的意識がはっきりした形で表象しないで、自分のもっともプライベートな事を映し出すことによって、前者のエゴみたいな物を回避する試み。このようなアプローチは現代に脈々と受け継がれているように思う。

今でこそ当たり前だが、当時のアートシーンが抱えていたであろう問題をシンプルに解決している。それでもなおあらゆる美学は政治性を伴う、といった態度には非常に非常に共感を持っています。僕の感じる限り、建築という領域は未だにこの価値観に達していません。ちなみにこの美術館は、ベルリン中央駅近くの駅の改修で非常に秀逸です。

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[これらの展覧会を終えて、僕は作品の中に、ある種の個人的なことを持ち込むのに疲れきってしまったんだ。僕自身は僕のアートじゃないから。アートは、作品 の形式や、出てくる形や、どんな風にその疑問がどのように表されているかということですらない。疑問がこめられているのは僕自身だ。僕が「無題(偽の 薬)」を作ったのはそれを作る必要があったからだよ。その作品が消えて、存在しなかったという状態を作りたかったという以外に理由はないんだ。ロス( トレスの彼女。AIDSで死亡。)が死ん でいくという例えだったんだ。だから、作品が僕自身を放棄する前に、僕が作品を放棄したのだろう。作品が僕を破壊する前に、僕が作品を破壊したのだろう。 それはこの作品にもたらす僕のちょっとした特権といえる。ずっとそうしたいわけじゃないけど。なぜなら、結局のところ作品は僕を傷つけるわけじゃないから ね。
最初から、作品はそこに存在していなかった。僕は存在してないものを作ったんだ。僕はその痛みをコントロールする。それは本当だ。それがこの作品の意味の 一部だと思う。もちろん、作品のくだらない誘惑的な側面や、「本物の」アートについての作品であるべきだけど。それは分かっている。でも、その一方で、こ のことは(ロスのために制作したということは)個人的なレベルでは、とってもリアルなものなんだ。それはインチキ・アーティストであるということを意味し ないけど、言い訳でもある。喜びへの言い訳。子供みたいにキャンディーでいっぱいにしたいというね。まず重要なのは、ロスについての作品だったというこ と。それから、僕自身やその他のみんなを喜ばせたかったということなんだ。] @http://www.minfish.jp/text/felix/index.htm

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